日暮れの雨のはかなさが、やがて聞かれなくなった頃、ぼくの恋するみどりが、頬を染める季節の訪れに、その淵に背を向けて立つぼくは、海の向こうに去ってゆく君の姿がまだ見えるような気がして、陽の沈むのを既に朝のはじまりのように思った。
安物買いの風鈴が、単調な音を立てるのが、むしろ少年時代への回帰のようで、ほころんで縁側に向い、赤と緑の三角帽は、噛み付くと水風船のように溶けて消える。空調もないぼくの部屋の、勉強机の上にひからびた、夏の友の表紙に描かれた抽象的な画は、地獄のようにも見えた。
ビーチサンダルをつっかけて家を飛び出すと、既に立ち止まれないほどの暑さの中を駆け抜けて、向いの友達の家の門をくぐった。戸を叩くより前に網戸越しに友達の呼びかける声が聞えて、ぼくは彼と彼の姉だけしかいない水色の家へ這入った。
ちょうど彼と彼の姉とが、借りて来たホラー映画のビデオを見始めたところだった。ぼくは怖くない振りをした。
彼の姉はアイスを買ってくると、いつの間にか出て行った。
暑さも盛り、窓もカーテンも締め切ってエアコンをものすごく低い温度でかけはじめた彼は王様のようだった。
それから彼は冷蔵庫の氷をペンギンのからくりに流し込んで、取っ手を掴むと思い切り回し始めた。ふたつの器に、白い鰹節のような山が出来た。ブルーハワイという訳の判らない味のシロップをかけると、その山は土砂崩れのように形を朧にした。
ぼくらが情緒ある頭痛と戦い終えた頃、彼の姉が帰ってきた。近所の駄菓子屋へ行ったみたいだ。好きなの選びなと広げた袋の中には、ぼくのお気に入りの知っとるケがあったので、まだ口の中はひんやりしていたぼくだけど、贅沢極まりなくその涼しさを口にした。
夏は何度も同じことを繰り返しているようで、その繰り返しはしかし、退屈のせいなんかじゃなかった。あの一日に勝る一日が、これまであっただろうか。既に完成された夏の一日だから、何度繰り返しても終りなんて望まなかったし、むしろ今日の終るのが残念で、明日のことなど考えず、しかし明日は明日で、何か必ず楽しいにちがいないという、得体のしれぬ安心があったのだ。思い返せば、ひとつ、あの時期のぼくは、夏休みという麻薬におかされていたにちがいないのだ。線香花火のように危うく、しかし、失う瞬間まで、輝く方ばかりに気を取られ、気付けば暗闇。

Posted by Mist