夕方の話をさせてください。

夕方の話をさせてください。
私にとって、夕方とは、思い入れのある時間帯なのです。
子供の頃から、好きな時間帯は?と訊かれると、夕方だと答えていた憶えがあります。
朝は、慌ただしいし、夜は、臆病な子供だったし、夕方の、友達と遊んで、爪の間まで砂まみれにしちゃったりして、お別れする、あの淋しさ、家に帰るまでの、ほんの数分、ひとりの時間があるんです。ひとりで、団地を、歩くんです。そんな時、西の空には、いつも、夕焼けがありました。毎日、雲の具合なんかによって、違う見え方をするのです。そして、その、僅かな時間でも、刻々と移り変わっていくのでした。美しいものがあるんだなあ、そんな気持ちで見ていました。
黄昏時、逢う魔時、だなんて、素敵な呼び方もあります。夕方には、それくらい、人々の心にしみるものがあったのでしょう。
小学生の頃でした。私は、近所の、ひとつ年上の友達と、仲良くしていました。その友達の家は、両親の帰りが遅く、夕方には、いつも、彼の姉と、飼い犬だけしかいないものですから、私は、そこを、秘密の隠れ処のように、ときめきを持ちながら、放課後には通っていました。玄関を這入ると、彼の飼い犬が、駆け寄ってきます。動物に馴れていない私には、吠えられたりすると、怖いものもありましたが、始めソファーの背もたれにまでしがみついて、追い払ってもらっていた私も、そのうち、頭を撫でることくらいは、出来るようになりました。
或る時刻になると、私達の大好きなアニメ、らんま1/2が始まりました。このアニメは、私を虜にし、これを見ないと、毎日、終えられない、それくらい、重要なものでありました。
ふたりでわいわい云いながら、テレビに見入って、時には、彼の姉も交えながら、お菓子を食べたりもして、次第に茜色の陽がレースのカーテンを染め始めると、別れを告げました。
秋頃になると、ほんの少し離れた我が家へ戻るのさえ、肌寒い思いがして、それが、時計の進んだのを示しているようで、私は、家出娘に似た、後ろめたさを感じながら、ただいま、と帰るのでしたが、割に、ちょうど夕食前の時刻で、母はいつものように、おかえり、とエプロン巻いて台所から湯気越しに返すので、幾分、ほっとして、それもそのはず、毎日、同じ時刻に放送されていたアニメを観て帰るのだから、家に着くのも同じ時間のはず、ただ、季節のうつろいが、夜を長くしただけの話で、冬至夏至なんて言葉を知ったのは、少し後のことです。

Posted by Mist