あきちゃん

秋は秋で風流があって、何も夏の名残を掻き集めるばかりの季節でないと、ふとテレビのCM観て思った。枯葉舞う中、例えば七輪の上で魚でも焼いたなら、それこそ秋の醍醐味であろう。
コートを着る季節はいい。衣服の中で、私にとってコートとは、最も好きな部類である。なんだかダンディズムに溢れているから。コートはどこか文学的な香りがする。各々の思惑を、包み込んでいるような気がする。
秋は色彩についてもまた穏やかである。秋は重い色調の、例えば茶色や、鼠色なんかが街を彩る季節であるから、そこには眩しさや鮮やかさの中に思い出される少年期とはちがう、鈍く香り立ってくるぼんやりとした憂鬱の影が、雲の気配のない空にも似つかわしい調和をもって、いってしまえば淋しいのにはちがいないのだけれど、その淋しさというのも淡く漂っているばかりで、この過しやすい季節を、愛さない訳というのも探すのは難しい。
ただ、大失恋の次の恋は、いやにあっさり思えてならないといった類いの、心の都合によるところで、秋はそのものの趣を、ないがしろにされてきたのではないかと、やはり夏の去り切ったそのあとでしか考えられないのは、自分勝手だろうか。こんな時期だから、私は、もう扉の向こうに立って、今にもノックをしそうな彼女の気配を感じながら、まだ、立ち去りつつあるもうひとりの方を、必死で追いかけてすがりついて、どうにか振り向いてくれないかと、むやみにあがいているのだ。それでもなお、別れは別れとして、次に訪れた秋のやつに、へんに優しくするのも、なんだか心変わりが過ぎるみたいで、意地からか罪悪感か、つれない素振りをしてみせるのが、私のこれまでの秋に対する向き合い方であった。
しかし私も、若さを盾になんの言い訳も立てずに済む歳ではなくなってしまうことも判っている。だからこそ、まだ九月のこの夜に、いっそ私から背を向けて、扉を開けてみたなら、また新しい朝が訪れるかも知れないと、一種の妄信をして、ひとりセンチメンタリズムに耽っている。
夕時、ツクツクボウシがないているのを聞いてしまって、私はまたふっと、のたうち回りそうなくらいにこの季節がうらめしくなった。

Posted by Mist